Claude Code の応答待ちにリサーチをやると疲れる本当の理由
Claude Code の応答待ちは長い。数秒〜数十分。 その隙に別のことをやれば「時間を有効活用できる」と思っていた。
実際にやってみると、夕方の疲れが明らかに違う。 インプット作業(記事を読んだり、競合をリサーチしたり)を並行した日は、特に消耗する。
なぜか。Claude Code 自身に解説させてみた。
並行作業がしんどい理由
返ってきた答えはほぼ認知科学の教科書どおりだった。
| 要因 | 何が起きてるか |
|---|---|
| 注意の分割コスト | 脳は本当の意味で並列処理できない。別作業のたびに「文脈切替」が発生する |
| 切替コスト | 「どこまで読んでたか」を脳が再構築する処理が走る |
| 作業記憶の同時保持 | 2つのスレッドの状態を頭に置く必要があり、脳のRAMが食われる |
| 判断の連続 | 応答が来るたびに「いま読むか、後にするか」の判断が発生する |
| 未完了タスクの圧 | やりかけが2つあると、片方ずつより消耗する(ツァイガルニク効果) |
特にインプット系の作業は重い。
- 新しい情報を既存知識と紐付ける処理が走る
- 「これ重要か」「信頼できるか」を毎段落で判定している
- 「あとで使う前提」で読むと、記憶の符号化処理も並行する
つまり、リサーチも Claude Code の応答待ちも、同じ脳の領域を奪い合っている。 両方が「理解する作業」だから、特に切替が重い。
慣れる?慣れない?
Claude Code に「慣れたら平気になる?」と聞いてみた。答えは半分YES、半分NO。
慣れる部分
- 文脈切替の手順は速くなる(再構築の時間が短縮される)
- 待機の緊張は減る(「来るときは来る」と諦めがつく)
- 応答パターンが読めて、判断が早くなる
慣れない部分
- 作業記憶の容量は鍛えても伸びない(脳の物理的な制約)
- 2つのスレッドを同時に持つコストは何年やっても減らない
- 切替コストは「速くなる」が「ゼロにはならない」
つまり疲労の総量は減るが、ゼロにはならない。
しかも、本人は「慣れた」と感じても、実際の作業精度は単一タスクに劣ることが研究で繰り返し確認されている、らしい。 自分では気づきにくいところが厄介。
待ち時間に何をするか
Claude Code が示した分類はこうだった。
| 待ち時間にやる作業 | 疲労度 |
|---|---|
| リサーチ・記事執筆 | 重い(同じ思考領域を使う) |
| 写真整理・メール返信 | 中 |
| 散歩・水を飲む・部屋の片付け | 軽い |
| 何もしない | ゼロ |
ながら作業は得した気がして、実は損する典型例らしい。
私のように1セッションに統合運用してると、Claude Code からの応答が長文化しやすい。 読むのも結構な認知負荷がかかる。 そこに重い思考タスクを並走させると、両方の質が落ちる。
結論:応答待ちは「軽作業」か「休憩」の2択
リサーチや執筆は、応答待ちにやらず、まとまった時間に集中してやる。 そのほうが結果的に、短時間で深く理解できて疲労も軽くなる。
応答待ちは、
- 散歩する
- 水を飲む
- 窓の外をぼーっと見る
- 軽くストレッチする
- 写真をフォルダ分けする
- 軽い返信メールを処理する
このどれかに固定するのが、一番楽。
学び
- 並行作業は脳の物理的な制約に当たっている。気合や慣れではどうにもならない部分がある
- インプット系作業(リサーチ・記事を読む)と Claude Code の応答待ちは、同じ脳の領域を奪い合う
- 重い思考タスクの並走は、両方の質を下げる
- 待ち時間は「軽作業」か「休憩」の2択でルール化するのが現実的
- 「慣れたから平気」は本人の主観で、精度は実は落ちている
- 中途半端に頭を働かせるより、完全休憩のほうが結局アウトプットが伸びる